古代の文字を眺めながら意味を調べていたら、ちょっと怖い文字に出合いました。
「民」です。
庶民、市民、県民、都民、国民、民衆、民族・・・・・・と、結構日常よく使われている身近な文字の一つですね。
民主主義という「素敵」な言葉もあります^^;
どちらかと言えばいい意味で使われている印象の「民」ですが、その由来はなんと「両目をつかれた奴隷」だというのです。
たしかに目が棒で突かれている!!!
かつて戦争に負けると両目をつかれて奴隷にされていたそうで、その奴隷こそが「民」なのです。
つまり庶民であり、市民であり、都民であり、国民だったりする私たちの根っこは「奴隷」であることなのでしょうか。
私自身はこの文字の由来にショックを感じましたが、妙に納得できてしまいました。
社会生活を送る人はみんな「民」に当てはめられるわけですね。
結局のところ、私たち民は生活環境が向上して自由に生きている気がしますが、
社会に暮らす以上はやはり「奴隷であれ」と言われている気がしてならないことがよくあります。
とくに正義も不正も何もかもが恣意的にねつ造されねじ曲げられ、
真実など意味がないような空気が蔓延する今の時代は「民の声」がどこにも届かないのは当たり前なのか・・・・・・
「奴隷の声」だから聞く必要がないからか・・・・・・と合点がいってしまうのです;;